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ワインのショウズ宮長(1987年創業)のオーナーとしてフランスを中心に産地を訪問し大小を問わず生産者と交流し親密な関係を築いているつもりです。日本からの提案と彼らからの情報を得、相互の理解を深めそれを顧客の方々に還元できればと思っております。

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2014年5月30日 (金)

ショウズ宮長 シェフソムリエ石黒正造にボージョレイの騎士号授与。

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4月22日(火)フランス・ボージョレイの騎士団協議会(Le Grand Conseil de L’ordre)は当店オーナーでシェフソムリエの石黒正造にコンパニョン・ド・ボージョレ(Compagnons du Beaujolais)の騎士号を授与しました。授与式はボージョレイ・レニエで行われました。第二次世界大戦後設立された同組織はボージョレイワインの向上、啓蒙・普及活動を推進しています。またボージョレイワインに貢献した人々をフランス人のみならず世界中から当地の生産者も含めこの騎士として資格を授与しています。多くの著名人も名を連ねています。長年にわたる仏ワインとボージョレイワインへの日本での普及と貢献及び長年にわたりボージョレイを訪れるなどの日本との懸け橋の役割を果たしたとして現地ボージョレイ・レニエの生産者の推薦を受け石黒正造が授与されました。

 

以下そのレポートです。

 

午後7時を少し回っている。レニエ村のドメーヌ・ブラーヴのセラーに入る。

紙で作った日本の国旗がテーブルにグラスと共に飾られている。サンカン家のファミリーと妻と娘。リヨンからの記者がカメラを構えている。

ボージョレイ騎士団協議会(Le  Grand Concil De L’ordre)の7名が後から厳かに登場する。黒いハット、ブラックスーツとタイにジャケットの中に緑のエプロン。首に銀のタストヴァンをかけている。そのひもは赤と緑のコンビネーション。年配の重鎮らしい。七人が横に並ぶ。私と盟友フランク・サンカンがその前に立つ。団長(President)がコンパニョン・ド・ボージョレイの歴史なりを語っているようだ。そして私の名を呼び私の経歴を紹介し始めた。

私が宣誓する。団長の言ったことを復唱する。隣で娘が通訳する。500mlほどのレニエが大きなタストヴァンに注がれそれを飲み干す。一気にはいかない。間を置くごとにフランクの父親のポールが顔を上げるなと言ってるらししい。

委員長が木でできた人形を持ち何かつぶやく。入団受託書にサインをする。勲章の銀のタストヴァンが首にかけられる。認定証を授与される。拍手が起きる。感慨がこみ上がる。

こうして第227回式にてボージョレイのレニエ・デュルッテ(Regnie Durette)の場所にて騎士(団員)として仲間入りを認定された。

フランクも同じように生産者としての貢献を評価され認定された。

このコンパニョンとして任命(授与)されたものは日本人で50人余り、世界で2万余人だそうだ。

しかし私の杯(タストヴァン)は純銀で緑の紐。これはランクが上だそうだ。ほかの日本人授与者は有名人、大使の方々が多くであなたのような経歴と実績の人に授与することはとてもふさわしいと団長がささやく。

その後セラーを出てドメーヌのロビーで祝福会が催せれた。フランクと彼の妻のアンが素晴らしいパーティ料理を用意してくれた。一口大のしゃれていて凝ったオードブルの数々。入れ替わり騎士団の方々が祝福してくれる。もちろんサンカン家の人々も。フランクとアンのご夫妻、そしてポールに深く感謝したい。

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思えば1999年に初めてこの地を訪れレニエの案内所でサンカン家を知っているという人に会い、偶々出くわし彼のあとをついて行ったのがこのドメーヌなのだ。日本でこのサンカン家のレニエを扱っていた私は不思議な体験だった。あいにくポールはツールドフランスに出場していてあえなかったが2002年の訪問でポールとフランク、アンに会う。

日本でのボジョレイの提供にまつわることや彼らの真摯な生産者としての営みなど試飲や畑を見て彼らと食事をして語り合う。

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リヨンへの帰りの列車もなくなりポールが今夜はここに泊まれという。アンに送ってもらったのは広大な敷地の城のようなホテル。当時、リヨンの大学に留学していた長女と共にここに泊まった。

それから2006年にも訪れた。フランクが父ポールから独立していた。アンの父がオーナーでシェフもこなす洒落たオーベルジュに泊めていただいた。彼女の父が造る素晴らしい食事をプールサイドのテラスで頂きドレスアップした夫妻と長女、当時のショウズの店長と楽しく過ごした。2012年に久しぶりに訪れた時はフランクはすっかり貫禄がついていた。

アンのお父さんはオーベルジュを畳みレニエを見下ろす高台の自宅でレストランをこじんまり開いていた。大きくなった二人の息子がテラス前のプールで遊んでいた。メトードトラデショネルのガメイからのヴァンムスー(泡)とロゼを出してくれた。鮮魚によく合った。

そしてこの夜の試飲で私がコメントをするとフランクと周りの生産者たちがコンパニヨン(騎士)の推薦の話をしていたのだった。

 

27年余にわたりボージョレイの魅力に惚れ込み浮き沈みのあるワイン業界にあって信念を持って普及にとり組んでまいりました。多くのお客様から絶大なご支援、ご理解を頂きそれを果たせたと思っております。深く感謝申し上げます。これからもサンカン家のレニエをはじめボージョレイワインの魅力を伝えてまいります。引き続きよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

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2012年11月12日 (月)

ブルゴーニュ 伝統と情熱がほとばしるワイン造り

現地訪問記念 Jun.2012

6世代にわたる伝統、ほとばしる情熱からブルゴーニュワインのエレガンスを極致的に表現するアルベール・ビショー。1831年バルナーる・ビショーによって創立された名門ネゴシアン。また3つのドメーヌを所用(ロン・デパキ、クロ・フランタン、パヴィヨン)。現在の社長アルベリック・ビショー氏の総指揮により造り手としても「葡萄」「人」「自然環境」を重視・尊重するブルゴーニュワインの雄。その実践を見聞するため、6月27日28日の両日にわたりブルゴーニュの中心都市ボーヌを訪れた。

旧友というべきシャーモス氏とともに私以下4名の訪問団はポマールにあるドメーヌ・パヴィヨンに。1993年からアルベール・ビショーの所用になる。10年来行われている有機農法を実践。コルトン・グランクリュ「クロ・デ・マレシャード」独占単一畑などの有料畑を所有している。ブルゴーニュの伝統的なやり方である開放された木桶による醸造。赤ワインは、近年、そこに層になった金属パイプを入れ、発酵前に10℃に維持している。フリーランを桶下部から抜き、そのまま地下にある樽に重力のみで送る。残りのキュヴェを混ぜパワーとフィネスを得ている。白ワインは、ソフトにプレスするためプレス機内部にラバーがある。ムルソーやピュリニー・モンラッシェは圧搾し木樽に直接いれ発酵。マコンは、発酵後、ステンレスで10カ月熟成。一見、民家風の醸造所だが、中に入ると伝統的な醸造所の設備にこうした近代的合理性を加え、ワインの品質向上を図っている。

さらにボーヌにあるビショーの醸造所へ。そこで私たちを迎えてくれたのは、同社テクニカル・ディレクター アラン・セルヴォー氏。同社のドメーヌワイナリーならびにネゴシアン全般のワイン造りを統括。世界最大規模のワインコンクールである「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」(イギリス)にて04年と11年にそれぞれ「レッド・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」「ホワイト・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」を受賞という快挙を成し遂げた伝説のディレクターだ。彼は、眼鏡をかけて醸造脇の研究室から出てきて、しばし私たちと歓談した。物静かな柔和な顔で黒く日焼けしている。握手した時の厚みのあるゴワッとした感触。ビショーワインの証のような人物に思えた。

そして試飲に入る。

白4点 赤5点

印象的だったのは、シャーモス氏のコメント。コルトンシャルルマーニュ・ドメーヌデュパヴィヨンの供出温度は12℃の場合は前菜、14℃は魚介系、16℃は白い身の肉系、17.18℃は強いチーズにあってくるというくだりと、赤のコルトンG.C.マレショードの前と後にこの白を飲むと赤の後では、より甘みとフルーツ香が強く感じるという話した。

次に同じくボーヌにある本社を訪れる。その客間に現れたのが現社長のアルベリック・ビショー氏本人。ビッグネゴシアンのトップとは思えない気さくさとユーモア。同社のみならずブルゴーニュワイン全体の品質向上に貢献している人物。私たちショウズのことも熱心に聞いてくれる。去年の日本の大震災にあたり、多額な支援も寄せ、この地での慈善活動であるオスピスドボーヌ教会への寄進でも中心的役割を果たしている。

昼食をはさみ、コートドニュイの畑を見て回る。ヴォーヌロマネ村ロマネコンティ、グランエシェゾー、エシェゾーの各グランクリュ畑にシャンボールミュジニー一級畑レ・アモンリューズを立て続けに廻る。途中降っていた雨がやみ、ぬかるんだ泥灰土の黄土色の土が靴裏にまとわりつく。畑から白色、黄色、赤色の石片を3つ拾い、丘の上からそのすそのにある土壌を説く。情熱ほとばしるこの地への愛着を強く感じる。ニュイサンジョルジュのクロ・フランタンを見学そして試飲へ。

伝説のグランクリュ・シャブリ・ムートンヌをはじめ、5点の白、ビショーのネゴシアンワイン7点を用意してくれていた。

夜にもボーヌ市内屈指のレストランで食事をはさみ、シャーモス氏と歓談は続いた。

かつてピエール・アンドレ社からの付き合いのあるシャーモス氏とは、12年以上の交友がある。ビショーに移り、この地への思いは、以前にも増して強くなっているようだ。私たち4人へのきめ細かい気遣い。レストランで食事と絶妙なハーモニーを見せたワインたち、アルベリック社長のユーモアと笑顔に懐の広さを感じ、テクニカルディレクター アランセルヴォー氏の日に焼けた顔のしわ。この地に生きる生産者たちの魅力ある人間性を強く感じた。

(石黒)

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