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ワインのショウズ宮長(1987年創業)のオーナーとしてフランスを中心に産地を訪問し大小を問わず生産者と交流し親密な関係を築いているつもりです。日本からの提案と彼らからの情報を得、相互の理解を深めそれを顧客の方々に還元できればと思っております。

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2014年5月30日 (金)

ショウズ宮長 シェフソムリエ石黒正造にボージョレイの騎士号授与。

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4月22日(火)フランス・ボージョレイの騎士団協議会(Le Grand Conseil de L’ordre)は当店オーナーでシェフソムリエの石黒正造にコンパニョン・ド・ボージョレ(Compagnons du Beaujolais)の騎士号を授与しました。授与式はボージョレイ・レニエで行われました。第二次世界大戦後設立された同組織はボージョレイワインの向上、啓蒙・普及活動を推進しています。またボージョレイワインに貢献した人々をフランス人のみならず世界中から当地の生産者も含めこの騎士として資格を授与しています。多くの著名人も名を連ねています。長年にわたる仏ワインとボージョレイワインへの日本での普及と貢献及び長年にわたりボージョレイを訪れるなどの日本との懸け橋の役割を果たしたとして現地ボージョレイ・レニエの生産者の推薦を受け石黒正造が授与されました。

 

以下そのレポートです。

 

午後7時を少し回っている。レニエ村のドメーヌ・ブラーヴのセラーに入る。

紙で作った日本の国旗がテーブルにグラスと共に飾られている。サンカン家のファミリーと妻と娘。リヨンからの記者がカメラを構えている。

ボージョレイ騎士団協議会(Le  Grand Concil De L’ordre)の7名が後から厳かに登場する。黒いハット、ブラックスーツとタイにジャケットの中に緑のエプロン。首に銀のタストヴァンをかけている。そのひもは赤と緑のコンビネーション。年配の重鎮らしい。七人が横に並ぶ。私と盟友フランク・サンカンがその前に立つ。団長(President)がコンパニョン・ド・ボージョレイの歴史なりを語っているようだ。そして私の名を呼び私の経歴を紹介し始めた。

私が宣誓する。団長の言ったことを復唱する。隣で娘が通訳する。500mlほどのレニエが大きなタストヴァンに注がれそれを飲み干す。一気にはいかない。間を置くごとにフランクの父親のポールが顔を上げるなと言ってるらししい。

委員長が木でできた人形を持ち何かつぶやく。入団受託書にサインをする。勲章の銀のタストヴァンが首にかけられる。認定証を授与される。拍手が起きる。感慨がこみ上がる。

こうして第227回式にてボージョレイのレニエ・デュルッテ(Regnie Durette)の場所にて騎士(団員)として仲間入りを認定された。

フランクも同じように生産者としての貢献を評価され認定された。

このコンパニョンとして任命(授与)されたものは日本人で50人余り、世界で2万余人だそうだ。

しかし私の杯(タストヴァン)は純銀で緑の紐。これはランクが上だそうだ。ほかの日本人授与者は有名人、大使の方々が多くであなたのような経歴と実績の人に授与することはとてもふさわしいと団長がささやく。

その後セラーを出てドメーヌのロビーで祝福会が催せれた。フランクと彼の妻のアンが素晴らしいパーティ料理を用意してくれた。一口大のしゃれていて凝ったオードブルの数々。入れ替わり騎士団の方々が祝福してくれる。もちろんサンカン家の人々も。フランクとアンのご夫妻、そしてポールに深く感謝したい。

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思えば1999年に初めてこの地を訪れレニエの案内所でサンカン家を知っているという人に会い、偶々出くわし彼のあとをついて行ったのがこのドメーヌなのだ。日本でこのサンカン家のレニエを扱っていた私は不思議な体験だった。あいにくポールはツールドフランスに出場していてあえなかったが2002年の訪問でポールとフランク、アンに会う。

日本でのボジョレイの提供にまつわることや彼らの真摯な生産者としての営みなど試飲や畑を見て彼らと食事をして語り合う。

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リヨンへの帰りの列車もなくなりポールが今夜はここに泊まれという。アンに送ってもらったのは広大な敷地の城のようなホテル。当時、リヨンの大学に留学していた長女と共にここに泊まった。

それから2006年にも訪れた。フランクが父ポールから独立していた。アンの父がオーナーでシェフもこなす洒落たオーベルジュに泊めていただいた。彼女の父が造る素晴らしい食事をプールサイドのテラスで頂きドレスアップした夫妻と長女、当時のショウズの店長と楽しく過ごした。2012年に久しぶりに訪れた時はフランクはすっかり貫禄がついていた。

アンのお父さんはオーベルジュを畳みレニエを見下ろす高台の自宅でレストランをこじんまり開いていた。大きくなった二人の息子がテラス前のプールで遊んでいた。メトードトラデショネルのガメイからのヴァンムスー(泡)とロゼを出してくれた。鮮魚によく合った。

そしてこの夜の試飲で私がコメントをするとフランクと周りの生産者たちがコンパニヨン(騎士)の推薦の話をしていたのだった。

 

27年余にわたりボージョレイの魅力に惚れ込み浮き沈みのあるワイン業界にあって信念を持って普及にとり組んでまいりました。多くのお客様から絶大なご支援、ご理解を頂きそれを果たせたと思っております。深く感謝申し上げます。これからもサンカン家のレニエをはじめボージョレイワインの魅力を伝えてまいります。引き続きよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

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バローロにマルコ&ティッツアーナ・パルッソを訪ねる。

 

●ピエモンテ州のワイン

北イタリアに位置しトリノが州都。アルプス山麓からの丘陵から産まれる屈指の高級ワイン産地。DOCGのおそらくナンバーワンといえるバローロを始めバルバレスコ、ガーヴィ、アスティなど有名ワインの宝庫である。

 

●ピエモンテを目指して

2014年4月26日。早朝、チンクエテレのラスぺッツアから列車でジェノバで乗り換えアスティに向かう。途中リグーリア州からアペニン山脈を越えピエモンテ州に入る。アスティはあのアスティスプマンテ、モスカートダスティを生む。午前10時半、列車を降りるとホームの端にこちらを向いた青年を見つける。手を振ると、笑顔で駆けよってきた。彼がパルッソ(Parusso)のセールスマネージャーのアレサンドロ氏。

 

●アスティからバローロへ

5個の荷物と私と妻と長女の三人を乗せ車は南のアルバを経由しバローロを目指す。アスティ、バルベラダルバ、ロエロ、バルバレスコの畑を左右に眺め車は通り過ぎる。次第に斜面がきつくなり起伏にとんだ畑がモザイク様に広がる。その向こうに蜃気楼のように銀嶺のアルプスが浮かぶ。

綺麗なアパートメントが並ぶアルバの町はイタリア経済が悪化する中ワインとナッツで繁栄を保ってる。パリでも人気のニュテラのナッツペーストはここから作られるんだと5月初めに滞在していたパリから日本に帰国する娘が言う。この町を通り過ぎると起伏はさらにきつくなる。

バローロを生む村々に入った。どこまでも続く畑はうっとりするぐらいに美しい。

                        モンフォルテ・ダルバ村にあるパルッソのカンティーナ(醸造所)に着く。ここまでポイントごとに車を止めこの地区の畑を丁寧に説明してくれたアレサンドロ氏はピサの大学でIT分野を学び数年前にパッルソのワインに巡り合いここで勤めている。

   

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P1012994_2●マルコ・パルッソとの出会い

パルッソのマルコ氏と姉のティッツィアーナさんの二人のオーナーが笑顔で出迎えてくれる。二人とも背が高い。

急斜面の丘陵というより山あいに広がる畑の峰にあるしゃれた山小屋のようなカンティーナ。この地区で数ある生産者の中で最も注目を浴びる一つがパルッソだ。

バローロを作る同じネッビオーロ種(2011年収穫)からの新商品のスプマンテを試飲。メトード・クラシコ・ブリュットつまりシャンパン製法のこのワインはうっすらとピンク色。ドサージュはしないが目減り分をやや甘いparussoと表示された特別のバローロと同じ製法のワイン(収穫後一か月から一か月半休憩室で休める)を添付すことからこの色になるという。口に広がる様ざまなフルーツ香にナッツや白い花、パンのヒントが。直前にラべリングを終えたものを私たちに提供してくれたのだ。フランスからこのピエモンテまでの7日間毎日のように列車で移動してきた私の体は疲れ切っていたがこの泡が体に染込んで生き返らせてくれるようだ。

そしてもう一本バローロ2010。熟した黒系果実にしなやかなタンニン。上品でいて重厚。セラーでの熟成を終えてこれから世界に出荷されるのだがすでに完成された味わいがある。モダンでエレガントで新鮮味のあるワインを追及する作り手として世界から脚光を浴びているが直にここにきてその実感が幕を開けた。

 

●バローロの料理と合わせる

マルコ氏はワイン数本を選び、アレサンドロ氏と共にこの地区の伝統料理をベースに洗練された料理を出すレストラン、トラットリア・デッラ・ポスタに向かった。

伝統とモダンさが融合した店内に正装されたスタッフがテキパキと優雅に舞う。丸いテーブルに5人が座る。

マルコ氏は仏語を話す。通訳でもあるアレサンドロ氏は英語でずっと話していたが仏語もわかるようだ。

マルコ氏が娘の暁子に直に仏語でお勧め料理を言った。

仔牛のカルパッチョを前菜にメインも仔牛のバローロ赤ワイン煮込みを是非と。鮮やかな赤色の仔牛のたたきが丸く盛られている。ブラインドで食べればマグロのようじゃないかと言うが確かにさっぱりとして美味だ。先ほどのパルッソ・ブリュットと合わせる。ほんのりとしたピンク色と肉の色が相性の良さを暗示する。新鮮な肉の味を引き立てる。

ランゲ・ビアンコ2013も開けられる。大きめのスタイリッシュなグラスはすべて脇でリンスされている。ソーヴィニヨン・ブランの爽やかなフルーツ香に生ハーブのアクセント。ランゲ・ロベッラ2011も樽からのバニラ香が仔牛の生肉から違う個性を引き出す。

仔牛のラグー・タリアッテレに入る。大き目の白い器にこんもり品よく盛られたパスタは見た目よりさっぱりとした味わい。これはランゲ二本をあせるとさらに爽やかに感じられる。

白いテーブルクロスが飲食のカラーを鮮やかにフォーカスする。

酸素を取り入れた栽培、醸造により早く飲め、長く持つメーキングを編み出したマルコ氏がこの土地をいかに愛し、その特性をいかに引き出したか語らずともこちらに伝わる。

そして赤三本に入る。まずバルベラ・ダルバ・スペリオーレ2012。

甘酸っぱい濃いフルーツ香、バラ、スミレのヒント。赤紫の深紅。甘みのあるアタックでシルキーで優雅なパレート。あとでこれだけは日本に持ち帰りたかった。と娘が言ったワインだ。

タリアッテレと合わせると白と合わせた時と違った魅力がでる。ラグーソースに深みと複雑さが増すようだ。

バローロ・ブッシア2010。ドライイチジク、果実味たっぷり。スパイシーで力強く甘いタンニン、エレガント。料理は仔牛のシャンク、バローロによる煮込み。さらにバローロ・ブッシア・リゼルヴァ1999が登場。ブドウがとびぬけた出来の年にしか作らなという。

しなやかで重厚、高貴でソフト。香り立つ気品、若さと落ち着き。なんという説得力のあるワインだろう。料理とのハーモニーはそれぞれに極まる。

ゆったりと流れる時間。窓から入るバローロ・モンフォルテ・ダルバの澄み切った風がアクセント。

デザートはこの地方のもう一つの特産品であるナッツが練りこまれたプディング。カンティーナで出されたと同じParussoとだけ書かれた甘いワインが閉めに。

 

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●バローロを後に

食後、レ・コステ、モスコーニのクリュ畑を見る。険しいスロープにネッビオーロの古木が覆うように並ぶ。下草もたっぷり。カンティーナに戻る。セラーでは収穫後にブドウを寝かせる休憩室やバトナージュの実演を見せてもらいあっという間に5時半になる。

今度はゆっくりと時間を作って来てください。バローロにはいいホテルもあります。マルコ氏が言う。

6時43分の列車の時間が迫っている。アスティ駅までアレサンドロ氏が車を飛ばす。すっかり打ち解けた私たちと彼との間に話が弾む。ぎりぎりで駅に着く。列車の中まで乗り込んで荷物を運んでくれる。

僕もミラノにはよく行きますが間違いないかちゃんと見送りたいのでと言ってくれる。

列車は何も告げずに発車した。アレサンドロが手を振る。

 

(石黒 正造 記)

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2012年11月12日 (月)

ブルゴーニュ 伝統と情熱がほとばしるワイン造り

現地訪問記念 Jun.2012

6世代にわたる伝統、ほとばしる情熱からブルゴーニュワインのエレガンスを極致的に表現するアルベール・ビショー。1831年バルナーる・ビショーによって創立された名門ネゴシアン。また3つのドメーヌを所用(ロン・デパキ、クロ・フランタン、パヴィヨン)。現在の社長アルベリック・ビショー氏の総指揮により造り手としても「葡萄」「人」「自然環境」を重視・尊重するブルゴーニュワインの雄。その実践を見聞するため、6月27日28日の両日にわたりブルゴーニュの中心都市ボーヌを訪れた。

旧友というべきシャーモス氏とともに私以下4名の訪問団はポマールにあるドメーヌ・パヴィヨンに。1993年からアルベール・ビショーの所用になる。10年来行われている有機農法を実践。コルトン・グランクリュ「クロ・デ・マレシャード」独占単一畑などの有料畑を所有している。ブルゴーニュの伝統的なやり方である開放された木桶による醸造。赤ワインは、近年、そこに層になった金属パイプを入れ、発酵前に10℃に維持している。フリーランを桶下部から抜き、そのまま地下にある樽に重力のみで送る。残りのキュヴェを混ぜパワーとフィネスを得ている。白ワインは、ソフトにプレスするためプレス機内部にラバーがある。ムルソーやピュリニー・モンラッシェは圧搾し木樽に直接いれ発酵。マコンは、発酵後、ステンレスで10カ月熟成。一見、民家風の醸造所だが、中に入ると伝統的な醸造所の設備にこうした近代的合理性を加え、ワインの品質向上を図っている。

さらにボーヌにあるビショーの醸造所へ。そこで私たちを迎えてくれたのは、同社テクニカル・ディレクター アラン・セルヴォー氏。同社のドメーヌワイナリーならびにネゴシアン全般のワイン造りを統括。世界最大規模のワインコンクールである「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」(イギリス)にて04年と11年にそれぞれ「レッド・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」「ホワイト・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」を受賞という快挙を成し遂げた伝説のディレクターだ。彼は、眼鏡をかけて醸造脇の研究室から出てきて、しばし私たちと歓談した。物静かな柔和な顔で黒く日焼けしている。握手した時の厚みのあるゴワッとした感触。ビショーワインの証のような人物に思えた。

そして試飲に入る。

白4点 赤5点

印象的だったのは、シャーモス氏のコメント。コルトンシャルルマーニュ・ドメーヌデュパヴィヨンの供出温度は12℃の場合は前菜、14℃は魚介系、16℃は白い身の肉系、17.18℃は強いチーズにあってくるというくだりと、赤のコルトンG.C.マレショードの前と後にこの白を飲むと赤の後では、より甘みとフルーツ香が強く感じるという話した。

次に同じくボーヌにある本社を訪れる。その客間に現れたのが現社長のアルベリック・ビショー氏本人。ビッグネゴシアンのトップとは思えない気さくさとユーモア。同社のみならずブルゴーニュワイン全体の品質向上に貢献している人物。私たちショウズのことも熱心に聞いてくれる。去年の日本の大震災にあたり、多額な支援も寄せ、この地での慈善活動であるオスピスドボーヌ教会への寄進でも中心的役割を果たしている。

昼食をはさみ、コートドニュイの畑を見て回る。ヴォーヌロマネ村ロマネコンティ、グランエシェゾー、エシェゾーの各グランクリュ畑にシャンボールミュジニー一級畑レ・アモンリューズを立て続けに廻る。途中降っていた雨がやみ、ぬかるんだ泥灰土の黄土色の土が靴裏にまとわりつく。畑から白色、黄色、赤色の石片を3つ拾い、丘の上からそのすそのにある土壌を説く。情熱ほとばしるこの地への愛着を強く感じる。ニュイサンジョルジュのクロ・フランタンを見学そして試飲へ。

伝説のグランクリュ・シャブリ・ムートンヌをはじめ、5点の白、ビショーのネゴシアンワイン7点を用意してくれていた。

夜にもボーヌ市内屈指のレストランで食事をはさみ、シャーモス氏と歓談は続いた。

かつてピエール・アンドレ社からの付き合いのあるシャーモス氏とは、12年以上の交友がある。ビショーに移り、この地への思いは、以前にも増して強くなっているようだ。私たち4人へのきめ細かい気遣い。レストランで食事と絶妙なハーモニーを見せたワインたち、アルベリック社長のユーモアと笑顔に懐の広さを感じ、テクニカルディレクター アランセルヴォー氏の日に焼けた顔のしわ。この地に生きる生産者たちの魅力ある人間性を強く感じた。

(石黒)

2010年6月23日 (水)

世界のワインメーカー3名来店!


6月17日(木)
LVMHグループの生産者たちがショウズに来店してくれた。
4月に訪問したオーストラリア・ヴィクトリア州のドメーヌ・シャンドンのワインメーカー リリアン・カーター女史とニュージーランド・クラウディ・ベイのワインメーカー ニック・レーン氏、アルゼンチン・テラザスのワインメーカー グスターボ・サンチェス氏の3名がLVMH社のスタッフとともに。。。
この日、名古屋でのLVMHグループの試飲が催され、そこでリリアン・カーター女史と再会。
ともにこんなに早く再会できたことを喜んでいたのだが、翌日、早朝に大阪に行かなくてはならないし、夜は、他のイベントの参加があるということで、来店は、無理と思っていたが、深夜イベントの後、三人でかけつけてくれた。

リリアンらは、ショウズの内装やハマチのカルパッチョなどのつまみに興味津津、ドメーヌ・シャンドン・ヴィンテージ・ロゼとともに楽しんでくれた。

リリアンは、私のアートを見たいと言い、壁に飾ってあるグラフィックに社交辞令を言ってくれた。

2010年6月 7日 (月)

ヤラヴァレーの様々なテロワールが生むエレガントな個性。ドメーヌ・シャンドンのしなやかなワイン


●昨夜から宿泊しているホテルの外は朝から小雨が降っている。メルボルンから東に車で1時間ヤラ川を挟んで広がるヤラヴァレー。ここの一角のホテルからメルボルン寄りに15分ほどMaroondanハイウエイを西に向かう。1986年にこの地に魅せられたフランスのモエ・エ・シャンドン社が土地を購入しスパークリングワインとスティルワインを造っているドメーヌ・シャンドンに。車窓からは雨で濡れた橙色が混じる幾つものブドウ畑。その一面の丘陵がしっとりと180度に広がる。今(2010年4月27日)、ここでは秋。ちょうどブドウの収穫は終わったところ。ハイウエイを少し入ったところにドメーヌ・シャンドンのワイナリーがあった。

●蔦が絡む煉瓦のかべの瀟洒な建物。LVMHのアジアパシフィックマネジャーのキャメロン・マーフィー氏が笑顔で迎えてくれた。続いてワインメーカーのリリアン・カーターさんも加わった。歩きながらミュージアムの見学と解説。ここヤラヴァレーの150年の歴史とシャンドンのポリシーが視覚的にもおしゃれに説明されている。

シャルドネ、ピノノワール、ピノムニエ種からメトード・トラディションと呼ばれるシャンパン製法で造られている。南極海からの冷たい風とヤラ川水系の保湿性からの冷涼な気候。標高80m~400mに小さな川の集合のヤラ川がくねるように流れ異なった区画の畑が違った微気候を持ちそれぞれの個性をもっている。20%が自社畑80%が契約農家。それぞれの区画のブドウを組み合わせアッサンブラ―ジュ(調合)しこの地の個性を最上の形(ワイン)にしている。

●グリーンポイントと呼ばれるレストランの奥にRidding Hallと書かれたスパークリングワインのセラーがある。ワインが瓶内二次発酵中で穴のあいたA型の板に逆さに刺さり整然と並んでいる。その真ん中あたりに白いテーブルクロスのかかった席があった。全体は薄暗いがそこは明るい。
席に案内されるとリリアンがオイスターは大丈夫かとたずねる。ショウズからの訪問者は4名。うち2人が苦手なため小海老のサラダを出してくれた。シャンドン・ブリュット。ヴィンテージ・ブリュット2006。.シャンドン・ロゼ。ヴィンテージ・ロゼ2006の4つを試飲。新鮮で甘みを感じる海老に香草類の香りと味が複雑さを出し総てのワインと絡み合う。ワインもヴィンテージもの二つは酸のテクスチャーがあり海老の甘さを引き立たせる。ノンヴィンテージの二つはワインと料理が融合していく。私たちのコメントを注意深そうに聞くリリアン。遠い北半球の日本からの客人の言葉も逃さない。ワインメーカーとして真剣さが伝わる。
料理と合わせることにより、より鮮明になる試飲です。セラーのひんやりとした空気のなかで彼女がそういった。
試飲の途中、瓶を一本いっぽん回す作業に(ルミアージュ)スタッフが現れた。まさに周りは瓶内二次発酵中なのだ。
●レストランに戻りバレルセレクション・シャルドネ2008、バレルセレクション・ピノノワール2008、、バレルセレクション・シラーズ2007を試飲、やや小さめの生オイスターにはトビコやキャビアが飾ってある。軽くスモークされた紅ますにはホワイトバルサミコのソースが添えられラデッシュなどの新鮮野菜やハーブも。生ハムも
もっちりしてフレッシュ感がある。ワインも料理もそれぞれのハーモニーをかなでる。シャルドネは樽からのバニラを感じピノノワールのスパイシーさとチェリーの果実味、シラーズの黒い果実の凝縮感と胡椒の香りなどが品よく主張している。
全面がガラス張りの外はブドウ畑が広がる。それを眺めながらこの地のテロワールのワインと料理の二つの贈り物を頂く至福。リリアンとマーフィーに私たちショウズやアルテーゴの写真も見てもらいながら話は弾んだ。
●先住民アボリジニーの言葉で“ヤラ”とはいつも水が流れる場所だそうだ。土地を区切ったり所有したりしないおおらかな人々は絶えないこの水の流れのように誰しもが豊かな自然を満喫しなさいと訪問者の私たち語りかけているように思われた。
翌日メルボルンを観光中、今年世界遺産に登録された王立博覧会ビルの正面に二つの旗が翻っていた。オーストラリア国旗とアボリジニーの旗が並んで。

(ショウズ・ソムリエ 石黒)

2010年6月 4日 (金)

豪・ヴィクトリア中央で”自然との調和”のワインを造り続けるミッチェルトン―産地を訪ねて


●ワラビーが湖沼から森を抜けブドウ畑に差し掛かったところでとまった。ジョンが操る車で池やゴウルバン川が蛇行する沼地と森を携えた丘陵に広がる150haのミッチェルトンの葡萄畑を廻る。
昼夜の気温差が大きく、日照量にも恵まれた粘土質の土壌。コルドン仕立ての垣根は整然とどこまでも続きその垣根と垣根の間隔は小型車が通れるぐらい広い。下草も生え橙色になりかけたブドウの葉とは対照的に青々としている。
●こうした自然への介入を抑え調和を目指すポリシーで有機栽培を実践しブドウの品質を向上させてきたミッチェルトン社。この栽培の責任者でありワイナリーのマネジャーでもあるのがジョン・バースフォード氏なのだ。環境への尊敬と調和が信条でこの土地に魅入っている。
●4月26日早朝7時ブリスベンを離陸しメルボルンへ。さらに150km車を走らせゴウルバン・ヴァレーに。途中ほとんど人も町も見かけないない丘陵地に忽然とMITCHELTONの門が。11時30分着。門からブドウ畑のはるか向こうにそびえる建物がシンボルロゴにもなっているワイナリーだ。
 ジョンと呼んでください 。気さくにあいさつを交わすと彼は私たちを研究室に案内する。白一色の部屋で収穫されたブドウを区画ごとに分析している。次にプレス機,発酵桶、ろ過機、熟成樽の説明を受ける。その都度発酵桶や熟成樽からワインを試飲させてくれる。
まだ白く濁ってるリースリングやマルサンヌ。青い香りと果実味たっぷりのシラー、グルナッシュ、ヴィオニエなど。フランスのコート・デュ・ローヌ由来の品種が多い。

●ヴィクトリア州郊外レストラン」No1に選ばれたワイナリー内のレストランで頂いたサーモンと小海老のマリネとBlackwood Parkリースリング2009はさすがに合う。ねっとりした新鮮なうちにスモークされたサーモンと発刺とした酸、オレンジの皮のような苦味が添えられた生野菜とも相乗する。
牛肉のメダイヨングリルにエシャロットとワイルドマッシュルームのカラメリゼとHeathcoteシラーズ2005も自然を感じる組み合わせだ。こんがりとチャコールで焼かれた肉の中身は柔らかくジューシーで濃いピンク色。シルキーなタンニンとブランデー漬けチェリーの果実味、スパイシー感がカラメリゼとも渾然一体となり此の地の自然からの恵みそのものなのだ。


ミッチェルトンでの自然との調和のワイン造りに共鳴したケン&マリーロウが織りなす料理はそれ自体素晴らしいがここのワインと合わせることでそれは完結するようだ。5スターのホテルを豪州、UKと渡り歩きここにたどり着いたとのこと。私たちが見せたショウズ宮長の川井シェフの料理アルバムをふたりは覗きこんでみてくれた。

●さらに白と赤の試飲をプリントシラーズギャラリーでさせていただく。
Printシラーズとはこのワイナリーが誇る頂点の赤ワインでミッチェルトンの最も古い複数の区画の小ロットのブドウをフレンチオークの新樽で18カ月熟成される。出来が最上でない年は造らない。ラベルの絵は毎回アーチストが変わる。そのギャラリーを兼ねた部屋がここである。
白はBlack Wood Parkリースリング2009と2002。ほかにシャルドネ2008とAir Strip2009。これはマルサンヌ、ルーサンヌ、ヴィオニエを使用したフランスのシャトー・ヌフ・デュ・パプ ブランを想わせるタイプで様々なフルーツの酸が複雑に絡み上品な仕上がり。
赤はHeathcoteシラーズ2005、ミッチェルトン・シラーズ2008、ヴィクトリア・カベルネソービニョン2007そしてPrintシラーズ1999.。やはりPrintシラーズはすごかった。果実味の複雑さ木樽からのモカやプディングのアロマ。シルキーなタンニン。上品なアフター。

●別れ際ジョンは大地に根差した栽培者としての自信に満ちた笑顔で私たちを見送ってくれた。すでに6時を過ぎ茜色の混じった空がやさしくブドウ畑を包んでいた。心地いい余韻が長く続きミッチェルトンに別れを告げた。

(ショウズ・ソムリエ石黒 )

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